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2025.10.08

ゴールデン・ドーム / Golden Dome 構想

米本土防衛における次世代多層防御システム


I.序論:ゴールデン・ドームの定義と戦略的文脈

1.1 定義:ゴールデン・ドーム・フォー・アメリカとは何か

「ゴールデン・ドーム・フォー・アメリカ」は、米国のミサイル防衛戦略における、単一の施設や特定の既存兵器システムを指す名称ではない。これは、米本土(Homeland)を将来的に想定されるあらゆる空中脅威から守るために設計された、次世代の多層防御シールドを構築するための包括的なイニシアティブおよびコンセプトを総称するものである 。この構想は、弾道ミサイルだけでなく、極超音速ミサイル、高度な巡航ミサイル、およびその他の次世代型空中攻撃からの防御を明確に目標としており、その戦略的対象は、従来の「ならず者国家」からの脅威から、ピア(対等な競争相手)およびニア・ピアの脅威へと大幅に拡張されている 。

このプロジェクトの起源は、2025127日にドナルド・トランプ大統領が署名した大統領令(当初は「The Iron Domefor America」という名称であったが、後に「ゴールデン・ドーム」に改称された)に遡り、国防総省(DoD)に対し、この新しい防御アーキテクチャの開発と実装を命じたものである。このイニシアティブは、「平和を力によって(peace through strength)」実現するという大統領のビジョンを具体化し、敵対者による本国への攻撃を抑止するための革命的なコンセプトとして位置づけられている。

当初大統領令で用いられた「アイアン・ドーム」から「ゴールデン・ドーム」への名称変更は、単なる広報上の措置を超えた戦略的な意味合いを持つ。アイアン・ドーム(Iron Dome)は、イスラエルの戦闘実証済みの短距離戦術ミサイル防御システムとして世界的に知られており、そのイメージは限定的な地域防御に結びついている。一方、「ゴールデン・ドーム」は、より大きく、より包括的で、特に宇宙空間を含むグローバルな射程を持つ多層防御システム の野心的な目標を象徴する名称として選定されたと分析される。これは、防御の範囲と、国家の威信をかけて取り組むプロジェクトの規模を明確に示す意図があったと考えられる。

1.2 政策的起源:SDIとの比較、レガシーと現代の技術

ゴールデン・ドーム構想は、米国のミサイル防衛戦略における歴史的な継続性を有している。トランプ大統領は、この構想が、ロナルド・レーガン大統領が1983年に開始した戦略防衛構想(SDI、通称「スター・ウォーズ」)の仕事を、40年越しに完了させるものであり、米本土へのミサイルの脅威を「永遠に終わらせ、成功率を100パーセントに近づける」と強調した。このレガシーの追求は、目標設定のレベルにおいて、技術的・財政的な現実との大きな乖離を生む根本的な要因となっている。

1980年代のSDIは、当時の技術的制約、特に重く高価な迎撃機と不確実な軌道上兵器技術のために、実現不可能として厳しい批判に直面した 。しかし、ゴールデン・ドームの推進論者は、現代の技術進歩が、SDI時代の批判を覆す基盤を提供していると主張する。具体的には、マイクロエレクトロニクス革命、軽量な小型衛星(キューブサット)、およびStarshipNew Glennのような再利用可能で低コスト化された打ち上げロケットの出現が、かつては「乗り越えられない配備の問題」と見なされていた課題を解決し、宇宙ベースの要素の実現可能性を大幅に向上させている。

II.アーキテクチャの設計:多層的防衛シールドの構造

2.1 全体構造の概観:マルチドメイン統合

ゴールデン・ドームは、弾道、極超音速、巡航ミサイルなど、多岐にわたる脅威をその飛行フェーズの初期段階から終末段階まで対処できるように設計された、統合型の多層防御アーキテクチャである。この構想は、既存の戦闘実証済みの基盤の上に構築され、宇宙層、上層地上防御、下層地上防御、そしてこれらを統合する高度な指揮統制(C2)システムからなる、少なくとも4層構造を統合する 。

このシステムの中核的な「頭脳」となるのが、コマンド・アンド・コントロール・バトル・マネジメント・通信(C2BMC)システムである 。ロッキード・マーティン社が主導するC2BMCは、世界中の防衛システムと部隊を24時間体制で接続する、運用実証済みのソフトウェアネットワークであり、指揮官が脅威の射程、飛行フェーズ、場所に関わらず同期した意思決定を行うことを可能にする。

このアーキテクチャの成否は、ハードウェア(迎撃ミサイルやセンサー)だけでなく、大規模な自動化と最適化の問題を解決するソフトウェアに大きく依存する 。宇宙ベースの迎撃機、地上システム、海上システムのセンサーデータをリアルタイムで処理し、どの迎撃機(宇宙ベースか地上ベースか)が最適かを判断し、複数の迎撃機会(ショット)を管理するためには、C2BMCの継続的な進化と、AI/MLを活用した戦闘管理ソフトウェアが不可欠となる。これは、従来の防衛契約者だけでなく、PalantirAndurilのようなソフトウェア・AI企業がプロジェクトへの関与を求めている背景を説明する 。

2.2 迎撃フェーズごとの役割分担

ゴールデン・ドームは、ターゲットの飛行段階に応じて役割を分担する。

1.    ブースト・フェーズ(Boost Phase:敵ミサイルが発射された直後の段階であり、ミサイルが燃料を燃焼させているため、検出が容易であり、速度が比較的遅く、まだデコイを放出していないため、迎撃側にとって最も有利な機会を提供する。このフェーズでの迎撃は、主に宇宙ベースのセンサー(Tracking Layer)と迎撃ミサイルによって試みられる。

2.    ミッドコース・フェーズ(Midcourse Phase:宇宙空間を飛翔する段階である。この防御層は、既存の地上配備型ミッドコース防衛(GMD)システムによって支えられ、特に**次世代迎撃ミサイル(NGI**の導入によって近代化される 。NGIは、GMDシステムの「最前線、先端から先端までの迎撃機」として位置づけられ、複数のキルビークルを運搬できる先進的なブースターである。

3.    ターミナル・フェーズ(Terminal Phase:ミサイルが目標に向かって大気圏に再突入する段階である。THAAD(高高度終末防衛システム)やPAC-3 MSE(改良型パトリオット・ミサイル)などの戦闘実証済みのシステムが、この最終的な防御層として機能する。

ゴールデン・ドームは、既存のGMDシステムを全面的に置き換えるのではなく、補完し拡張するという戦略を取っている。GMDはすでに20年以上にわたって米本土を長距離弾道ミサイルから守ってきたが、ゴールデン・ドームは、NGIによる近代化に加え、THAADAegisシステムといった「アンダーレイヤー」防御システムを統合することで、ミッドコース防御の脆弱性を補強しようとしている。これにより、より多くの迎撃機会を提供し、防御の信頼性を高めることを目指す。

2.3 極超音速ミサイル防御への焦点

ゴールデン・ドーム構想の主要な推進力の一つは、現代の主要な脅威である極超音速ミサイル(HVMs)に対処することである 。HVMsは、その高い速度、機動性、および予測不可能な軌道により、従来のミサイル防衛システムにとって極めて困難な標的である。

この脅威に対処するためには、宇宙ベースのセンサー層の整備が絶対的に必要であると認識されている。従来の地上ベースのレーダー網や早期警戒システムでは、HVMsの追跡カバレッジにギャップが生じ、迎撃の機会を逃す可能性が高い。専門家は、「宇宙ベースのセンサー層がなければ、極超音速防御は不可能であり、宇宙ベースの迎撃機も配備できない」と指摘している。したがって、ゴールデン・ドームの成功は、この宇宙センサー層の迅速な開発と配備にかかっている。

ゴールデン・ドームの多層アーキテクチャとその構成要素の概要は、以下の表に示される。

 

III.宇宙層の深化:技術開発と主要プロジェクト

3.1 宇宙開発庁(SDA)の役割とPWSA

国防総省(DoD)は、ミサイル防衛能力を加速させるため、2019年に宇宙開発庁(SDA)を設立し、安価で小型の衛星を大量に迅速に調達・飛行させる体制を整えた。ゴールデン・ドームの宇宙層は、SDAが推進するプロリファレイテッド・ウォーファイター・スペース・アーキテクチャ(PWSA、以前の国家防衛宇宙アーキテクチャ NDSA)の基盤の上に構築される。

PWSAは主に三つの機能的な層で構成される 。

1.    TrackingLayer(追跡層):弾道ミサイルや極超音速ミサイルを、発射後に検出および追跡する。SDAとミサイル防衛局(MDA)は、2023年と2024年に、この追跡層衛星とHBTSSプロトタイプを既に複数配備している。

2.    TransportLayer(輸送層):センサーと迎撃機(シューター)を接続するための、軍用グレードのセキュアなネットワークとして機能する。この層は、戦闘管理ソフトウェアをホストし、正確なセンサーデータの解釈と、効率的かつ安全な迎撃命令の通信を保証する。ゴールデン・ドームの推進は、この輸送層プログラムの加速と堅牢化の機会を提供すると見なされている 。

3.    CustodyLayer(監視層):ミサイル輸送車や爆撃機、艦艇など、敵の移動目標(offensive "internet of things")を追跡するためのレーダーやその他のセンサーを搭載する。

3.2センサー技術の革新:HBTSSとデータ連携

宇宙層の成功は、脅威を識別し、追跡するセンサー技術にかかっている。L3Harris社が開発したHypersonic and Ballistic Tracking Space SensorHBTSS)衛星は、この分野で特に重要である。HBTSSは、20242月に打ち上げられた後、機動性の高い極超音速ミサイルの追跡能力を軌道上で実証した実績を持つ 。この性能により、HBTSSはゴールデン・ドーム・アーキテクチャの核となるコンポーネントとして期待されている。

L3Harris社のCEOは、20254月の時点で、迅速に契約が結ばれれば、トランプ大統領の任期中(2029年末)に米本土の完全なカバレッジを達成するのに十分な数のHBTSS衛星を軌道上に打ち上げることが可能であるとの見解を示している。

しかしながら、ハードウェアの配備以上に、データフローの最適化が複雑な課題となる。システムは、一つの衛星が取得した追跡情報を、次の衛星に正確に引き渡し、さらにその情報を最適な位置にある迎撃機に連携させなければならない。このプロセスは、「大規模な自動化最適化問題」であり、人間の介入なしにリアルタイムで最適な迎撃判断を下すための高度なソフトウェアとAIが不可欠である 。

3.3 宇宙ベースの迎撃ミサイル(SBI):技術的実現可能性の分析

ゴールデン・ドーム構想の最も野心的で論争の的となる要素は、宇宙ベースの迎撃ミサイル(SBI)の配備である。SDI時代には、SBIは重く、製造コストが高く、その有用性に疑問が呈されていた。しかし、現代の技術進歩は、これらの批判に対する技術的な解決策を提供している。

マイクロエレクトロニクス技術の進展により、必要な誘導、通信、電力、およびセンシング能力を備えた、軽量なキルビークル(迎撃弾頭)を開発することが可能になった。例えば、DARPAの先行研究に基づき、SBIAIM-9対空ミサイル(約80kg)程度の小型・軽量な設計が可能であると考えられている 。迎撃機を搭載するキャリア衛星は、第2世代のStarlink衛星と同程度の約750kgの質量で、6基の迎撃ミサイルを搭載できる設計が想定されている 。

この小型化と大量生産の実現性は、従来の戦略防衛システムの経済性を逆転させる可能性を秘めている。従来のICBM1,000万ドルから1,500万ドルかかるのに対し、迎撃機とそのキャリアプラットフォームのユニットコストが100万ドル以下に抑えられれば、防御側は数百万ドルの費用で、敵の数千万ドルの資産(ミサイル、弾頭、関連機器)を破壊できる 。この防御側が攻撃側の経済性を上回る可能性は、従来の「迎撃機を使い尽くさせるためにミサイルを増やす」という戦略を無効化し、新たな軍備競争の動態を引き起こす。

さらに、SDIに対する主要な批判の一つであった「不在問題」(迎撃機が必要な時に地球の裏側にいる)も、小型衛星の大量配備によって克服可能であると分析されている。273機の迎撃キャリアで構成されるコンステレーションのシミュレーション結果は、このシステムが大規模なミサイル攻撃(レイドサイズ)に対しても堅牢であり、常に未割り当ての迎撃機が地平線上に現れ、ブースト段階を含む任意の段階で交戦の機会を提供することを示唆している。

3.4 次世代兵器の展望:指向性エネルギー兵器

ゴールデン・ドームの最終的な青写真には、運動エネルギー迎撃機を補強するための、レーザーや中性粒子ビームなどの「光速」兵器の統合も含まれている。しかし、これらの指向性エネルギー兵器(DEW)を実現するためには、軌道上で膨大な電力を供給するという技術的なボトルネックを解消する必要がある。

分析によると、この問題に対処するために、米国は軌道上での核動力および核推進の採用に真剣に取り組む必要がある 。核エネルギーは、化学エネルギー貯蔵に比べて6桁、太陽光発電に比べて1,000倍の電力密度を提供し、DEWの作動だけでなく、高速通信、資源抽出、および惑星防衛のための宇宙での運用を可能にする、ゴールデン・ドームの究極の能力を実現するための鍵となる技術である。

Hiro.I記)                          

               

引用文献

1.Golden Dome for America - Lockheed Martin,https://www.lockheedmartin.com/en-us/capabilities/missile-defense/golden-dome-missile-defense.html

2.Golden Dome (missile defense system) - Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Golden_Dome_(missile_defense_system)

3. FactSheet: "Golden Dome" - Center for Arms Control and Non-Proliferation,https://armscontrolcenter.org/fact-sheet-golden-dome/

4.Golden Dome: Related CRS Products - Congress.gov, https://www.congress.gov/crs-product/R48584

5.Department of Defense Fiscal Year (FY) 2026 Budget Estimates - JustificationBook, https://comptroller.defense.gov/Portals/45/Documents/defbudget/FY2026/budget_justi

fication/pdfs/03_RDT_and_E/RDTE_Vol2_MDA_RDTE_PB26_Justification_Book.pdf

6.Secretary of Defense Pete Hegseth Statement on Golden Dome for America, https://www.war.gov/News/Releases/Release/Article/4193417/secretary-of-defense-pete-hegseth-statement-on-golden-dome-for-america/

7.Strategic Defense Initiative - Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Strategic_Defense_Initiative

8. JUSTIN: Effective Golden Dome Would Cost Far More Than Projected, Report Finds, https://www.nationaldefensemagazine.org/articles/2025/9/12/a-capable-golden-dome-would-cost-far-more-than-projected-report-finds

9.Golden Dome Analysis: Why the plan could work - Aerospace America - AIAA, https://aerospaceamerica.aiaa.org/features/golden-dome-analysis/

10.China's missile shield outshining Trump's Golden Dome - Asia Times, https://asiatimes.com/2025/10/chinas-missile-shield-outshining-trumps-golden-dome/

11.America's 'Golden Dome' Explained - CSIS, https://www.csis.org/analysis/americas-golden-dome-explained

12. TheGolden Dome as a Service - CSIS, https://www.csis.org/analysis/golden-dome-service

13.Trump's Misguided “Golden Dome” Gambit | Arms Control Association, https://www.armscontrol.org/2025-03/golden-dome-gambit

14.Golden Dome Puts Development of Space Sensor Layer in Focus, https://govciomedia.com/golden-dome-puts-development-of-space-sensor-layer-in-focus/

15.Powering the New Golden Dome for America | L3Harris® Fast ..., https://www.l3harris.com/innovation/powering-new-golden-dome-america

16.Build Your Own Golden Dome: A Framework for Understanding Costs, Choices, andTradeoffs, https://www.aei.org/wp-content/uploads/2025/09/WP-Estimating-the-Cost-of-Golden-Dome.pdf?x85095

17.Golden Dome's SHIELD Contract: What Government Contractors Need to Know And Howto Position for Success - FedBiz Access, https://fedbizaccess.com/golden-domes-shield-contract-what-government-contractors-need-to-know/

18.Flood of questions leads Missile Defense Agency to push Golden Dome deadlineone week, https://www.defenseone.com/business/2025/10/flood-questions-leads-missile-defense-agency-push-golden-dome-deadline-one-week/408635/

19. MDAExtends Deadline for Golden Dome Proposals | Air & Space Forces Magazine, https://www.airandspaceforces.com/mda-extends-deadline-for-golden-dome-proposals/

20.Space Force's Golden Dome chief says space-based missile interceptors arepossible today. 'We have proven every element of the physics', https://www.space.com/space-exploration/satellites/space-forces-golden-dome-chief-says-space-based-missile-interceptors-are-possible-today-we-have-proven-every-element-of-the-physics

21.Math vs. Trump's Dreamy Golden Dome | American Enterprise Institute - AEI,https://www.aei.org/economics/math-vs-trumps-dreamy-golden-dome/


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